自分より人を優先することに慣れすぎている人へ。自分を大切にする方法

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FineGraphicsさんによる写真ACからの写真

 

ご訪問ありがとうございます。まよです。

突然ですが、自分を大切にする」「自分を一番優先するって、できていますか?

私は、具体的にどうすればいいか、ずっと分かりませんでした。

「他人を優先しすぎて自分が疲弊すれば、消耗してしまったりつい不機嫌になってしまったりするので、自分を優先することが周りのためになる」という考え方は心から同意だし、「自分を大切にしたい」「自分を優先させたい」とすぐに思えたのですが、「どうすれば自分を優先できるのか」という具体的な方法がわからなかったのです。

そんなことがわからないなんて、自分でも驚きました。

そんなことくらい分かると思っていたんです。

しかし、長年「自分勝手を通すのではなく、他人を思いやらなければ」と必死に言い聞かせて頑張った結果、自分をないものとして扱い続けてきたのだと思います。

「他人を思いやる」のやり方が間違っていたのでしょうね。

他人の顔色ばかりうかがって生きてきたんだなあと痛感しました。

 

そんな私ですが、先日、「このやり方なら私も自分を大切にできるかも」と思える方法の実験に成功したので、ご報告いたします。

 

「人には優しくできる」性質を利用する

大切な人に対してなら優しく声をかけてあげられるのに、自分には「私がちょっと我慢すればいい」とやり過ごそうとしてしまうことって、ないでしょうか?

私はこの自分の性質を利用して、「もし自分が大切な人だったら?」を具体的に想像してみました。

実際にいま自分は1人でいるんだけど、「大好きで大切な人と一緒にいる」設定にして、実際に脳内で会話するのです。
はい、危ないー。大丈夫、自覚しています。

※注 ここから妄想といわれてもしょうがないような脳内会話が繰り広げられます。お見苦しいかと思いますので、気持ち悪かったらすぐに離脱してください😊

 

一人二役。「大好きで大切な友人」に対してなら、なんて言う?

その日、わたしは仕事でちょっとした失敗をしてしまい、少しだけ落ち込んでお昼休憩に入りました。

失敗といっても大事件ではなかったし、周囲の協力もあって、迷惑をかけつつも1時間くらいで解決しました。

気持ちの落ち込みは、いつもよりショックを受けたもののそこまで重いわけではなく、放置していたらいつの間にか忘れそうでもありました。忘れるけど、澱(おり)は残りそうな感じです。

 

頭の中で「自分で自分をもてなして、自分の機嫌をとらなくちゃ。そうだ、美味しいものでも食べて元気を出そう。何を食べたいかな?」と考えたのですが、いつもの通り何も浮かびません。

もともとそこまで食べることに興味がないので、食べることを考えることが面倒くさく苦痛で、ついコンビニおにぎりで済まそうかと逃げたくなるのですが、その日はなんとなく気になって思い直しました。

空腹は紛れるけど、気分転換にならないことがはっきり分かったからです。

そこで思いつきで、「もし目の前に大切な友達とか、かわいい後輩がいて、仕事で失敗してちょっと元気がないみたいに見えたら、なんて言う?」と考えてみました。

※これはイメージです。acworksさんによる写真ACからの写真

「ね、美味しいものでも食べて、気分転換しない?」

そうしたら彼女は気を遣って、「え、そんな。別にいいって。普段どおり適当にすまそうよ」って断るかもしれない。

「まあまあ、いいじゃん。奢るからさ。なんでも好きなの言ってみ」

なんと、いつもはケチな私も、落ち込んでる親友やかわいいの後輩のためなら躊躇なくおごれるんですね。

ここで、次は自分を言われた側、つまり「親友が奢ると言ってくれた人」と想定します。

普通の人やただの先輩なら、気を遣って「そんな、いいですよ」と固辞してしまうと思います。

でも、相手は安心して甘えていい相手だと想定するのです。親友とか、家族とか。それならきっと素直に受けられるかも。

「……じゃあ、ごちそうになる!ありがとう😊」

奢ってもらえるというから、お礼を言うのは当たり前のことなんだけど。

 

なんか、ありがとうって言われたことで嬉しくなって、自分でも笑ってしまいました。

言ったの自分なのに。

 

そして、「奢る」って、いいなあと思いました。

奢るほうも喜んでもらえて気分がいいし、ごちそうになる方も大切にされてる感があって嬉しいし。

事実だけを見ると、普通に1人分のお金を払って、1人で食事をするだけなのですが、脳内で人に奢る/奢られる設定にして想像しただけで、なんだか幸せな気持ちになりました。なにこれ。

 

お店選びも脳内親友と一緒に会話しながら

落ち込んでる友人や後輩が目の前にいたら、どんなお店に誘う?と自分に問いかけてみました。

まず女2人ランチなら、1人の普段の昼食なら入らないような、ちょっと小綺麗なお店を選ぶと思います。

「じゃあさ、今日は、あのお店に行ってみない?いつか入ってみたいけど、なんか敷居が高い気がして入れなかったお店」

1人だったら絶対に出てこない選択肢が出てきました。

大切な友達のためなら思いつくし、さらっと言えるんだなあ。。。

 

お店に行くと、メニューが外に掲示してありました。ちょっと小綺麗で、おしゃれで、最低でも1000円を越える程度にほんのちょっとだけお高めの感じです。

無意識に、一番安いメニューでいいかなと思ってしまう自分に気づいて、また、脳内で声をかけました。

「遠慮しなくていいよ。食べたいものを選んで。本当はどれが食べたい?」

ここで役割チェンジ。

そう言ってくれたのは、安心していい相手です。そのまま受け取って、何を言っても、甘えても大丈夫。そう言い聞かせると、だんだんそんな気がして心が少し緩む気がしました。

「じゃあ、これかこれ。迷うな…」

大丈夫。迷っても急かされたり怒られたり嫌な顔をする人じゃないから、安心して迷います。

役割チェンジ。

友達は迷ってるみたいです。たしかにどっちも美味しそうだし、そりゃ迷うよね。せかさないように、そっと進めようかな。

「じゃあ、中に入って席に座ってメニュー見ながらゆっくり考えよう😊」

にっこり。

ああ、私って、人には本当に優しくできるんだなあとぼんやり思いました。

 

店内で注文して待ち時間に、ふと我に返る

席についてからも迷って、あれもいいな、これもいいなと脳内で会話です。

どんなに迷っても、怒ったり「どれでもいいからさっさと決めて」なんて冷たい言葉をかける人じゃないから、安心です。

※これはイメージです。nanairo125さんによる写真ACからの写真

ずっと遠くから眺めてたお店は予想以上にきれいで整っていて、快適で、いつも私が昼食をすますお店とは違いました。

周りのお客さんも、お友達同士でおしゃべりしている人たちが多かったです。

お店の雰囲気ですっかり仲良しの友達とランチ気分になる私。

「えっとね、じゃあ、これ」

「オッケー😊」

店員さんを呼んで、彼女のために注文してあげます。

いつもの昼食に比べると少し豪華でお値段お高めですが、大切な友達の元気のためなら喜んで奢ってあげられる気がしました。

そして、奢ってもらえるなら、罪悪感なく甘えて美味しいものを食べられると思いました。
(ここで、高いランチを1人で食べることに罪悪感があるのが、自己肯定感の低さを感じますよねー)

 

そうして優しくして、優しくされていると、ふと旦那さんのことを思い出しました。

旦那さんはいつもこんなふうに美味しいものを食べさせてくれるし、優しくしてくれるなあ。貴重な人だなあ。嬉しいなあ。ありがたいなあ。

 

待っている間、店内をぼーっと見回しました。落ち着いておしゃれなインテリア。空間も広々としていて、抜けがよくて、心地いい。

素敵な空間にいると、気持ちってたしかに変わるというか、落ち着くんですね。こんなに影響を受けるものなのか、というのも発見でした。

「きれいなお店だねー😊」

「ほんと、気持ちがいい😊」

脳内会話をなんとなく続けていたけど、ふと我に返りました。

何やってんだ私。

なんだかおかしくなって、ひとりでニヤニヤ笑いました。

笑ったら、少しだけどうでも良くなってきました。

 

脳内会話で、話を聞いてもらって、なぐさめる

目の前にいるのは、失敗してちょっと落ち込んでる、大切な人。親友とか、かわいい後輩とか。

落ち込んでる大好きな友達に、なんて声をかける?」と仕切りなおして、脳内で言葉にしてみました

 

「まあさ、失敗しちゃったのは事実だけど、周りの人の協力もあって最終的にはまるく収まったわけだから、もういいんじゃない?」

役割チェンジ。

大好きな友達が、心配してくれてる。そう思うと、素直に言葉も受け取れる気がします。

「そうだねえ。たしかに、助けてもらえて、もう落ち着いたんだもんね。失敗したことだけに囚われて引きずっても仕方ないのかも」

チェンジ。

「そうだよ〜。解決したんだからさ、もういいじゃん。全然大したことないよ。そんなこともあるって。」

チェンジ。

大切な人がそう言ってくれるなら、そんな気がする。

「そうだね。もういっか😊」

…ようやく心から笑えた😊、と思いました。

※これはイメージです。acworksさんによる写真ACからの写真

 

同じ内容でも、人には優しく言える。言ってもらえると、受け取れる

自分で自分に「ぜんぜん大したことないから、気にしなくていい。よくある。大丈夫。気持ちを切り替えて」って言い聞かせても、心のどこかではねかえしてしまうような感じが私はあります。

全然だいじょうぶと思ってないし、気持ちも切り変えられずにいつまでも引きずるのです。

でも、大好きで信頼できる人、安心できる人から言ってもらえたと思ったら、スッと心に沁み入るように素直に受け入れられるの気がしたのには、自分でも驚きました。

そんなに違う?

同じ内容を、ちょっと想定を変えただけなのに。しかも実際に言ってもらったわけじゃなく想像なのに笑

 

ちょっと話がそれるかもしれませんが、ここで思い出したのが、脳の認知の話です。

脳は誰に向けて言った言葉かを判断できない。だから、誰かの悪口を言うと、まるで自分に向かって悪口を言われたかのように脳は受け取って自分の心にダメージを受ける。ネットで悪口や暴言がやりとりされてるのを見ると、まるで自分が言われたかのように受け取ってダメージを受ける」といった内容です。

今回の、脳内会話を私がすっと受け取れたのも、同じことなのかなと思います。

私が人に向けて発した言葉を、自分に向けられた言葉のように、脳が認知しているということです。

この脳の認知機能と、「自分に優しい言葉をかけるのはできないけど、人になら優しい言葉を選んで、言い方も優しく語りかけられて、人のためにできることをやってあげられる」私の性質を利用することで、「自分を大切にする」「自分に優しくする」「自分を優先させる」を実現することに成功したのだと思います。

 

かなりまどろっこしく、かつ脳内会話がほぼ妄想っつーか傍から見ると結構怪しい人なのは自覚していますが、現時点で私にはいちばん実践しやすいやり方でした。

途中で我に返って「何やってんだ私(プッ)」と距離を取れるのも、何気にポイントかもしれません。

 

慣れていないと、自分を大切にするって本当に難しい。

でも、日々の積み重ねです。慣れですよね。

脳内会話は、それなりに集中力というか、どっぷり妄想に浸れるまとまった時間が必要なので、そうそう簡単にできない気がしますが、しばらく続けようと思います。

こんなことしなくても、自然と自分を大切にできるようになるまで。

 

私の恥ずかしい話にお付きあいいただきましてありがとうございます(;´∀`)

みなさまの一日がどうか素敵な日になりますように。

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